シャンパーニュを楽しむWEBマガジン [シュワリスタ・ラウンジ]

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REPORT

シュワリスタ流オーガニック・シャンパーニュの楽しみ方

2007年のサイトオープンの段階でも、ビオディナミやオーガニックというワードは見逃すことができないものだった。あのときのムーヴメントの私たちシュワリスタにとっての著名な牽引者といえば、ジャック・セロスやエリック・ド・スーザ、先駆者のひとりであるジャン・ピエール・フルーリー。さらにその薫陶を受けたり、影響を受けた造り手たち。なぜ、そのとき、私たちは彼らのシャンパーニュに魅せられ、興奮したのか。それは、彼らが届けてくれたシャンパーニュが素晴らしいものだったからだ。

2009年、セロスの弟子筋であるべルトラン・ゴートロが手掛けた『ヴェット・エ・ソルべ セニエ・ド・ソルべ エクストラ・ブリュット NV』をシュワリスタ・ラウンジではその年のTOP5シャンパーニュとして選んだが、その時の他のアイテムは、ミシェル・ゴネのペインティングボトル・バージョン、ビルカール・サルモンのロゼ、アヤラの『ペルルダヤラ ナチュール2002』に、パイパー・エドシックとクリスチャン・ルブタンのコラボレーションと、つまりは、その年、様々な場面で私たちを魔術や刺激、逆に静かに向き合う多彩なシャンパーニュを選んでいる。その中で当時は“自然派”と称されていた1本を選んだのは、それだけ、シャンパーニュそのものが素晴らしかったからだ。その素晴らしいシャンパーニュは自然派であることで生まれているということではあるが、自然派だから素晴らしいということではなく、造り手がそうやって造っている、そういう哲学で生み出さすからこういうシャンパーニュになるのか、という理解と納得だった。

2012年にド・スーザの『キュヴェ・デ・コダリー ブラン・ド・ブラン グラン・クリュNV』を選出したのも同様だ。まず、衝撃的だった。ビオディナミでこれができるのか? ではなく、シンプルにシャンパーニュで感動したのだ。そして当然ながらド・スーザの長年の取り組みはインタビューを通じても理解していて、結果、彼のこういう取り組みや天性があってこその存在なのだと理解と納得をする。さらに、マリー・クルタン、フランソワーズ・べデル、2人の女性の造り手のインタビューも印象深かった。それぞれ、自身の健康、息子の健康の問題から自らの畑、シャンパーニュをビオディナミに変えていったのだが、そこにはシャンパーニュをより深く味わえる物語があった。やはり彼女たちのシャンパーニュも素晴らしいものだった。「大地と空の間に」と名付けられたべデルの『アントル・シエル・エ・テール』の静かな狂気、その先の強さと少しだけ垣間見える弱さと優しさが入り混じるような余韻に、母の子の健康を思う気持ちが見えたような錯覚。これもまずシャンパーニュがあって、その裏側にビオディナミを標榜する尽力があること。私たちは自然派やビオディナミやオーガニックを求めているのではなく、今、自分を幸せにしたり、刺激的にしたり、鼓舞してくれたり、ともに涙を流せるシャンパーニュを求めている。そのシャンパーニュが自然派と称されるものであったこと。素晴らしい造り手であったこと。それ以上でも以下でもない。

10月20日、東京・八芳園で開催された、オーガニック・シャンパーニュに取り組む19の小規模の造り手が集った『Les Champagnes Bio A Tokyo 23』は貴重な機会だった。手段と目的でいえば、ここに集った人たち、アイテムの多くは「オーガニックありき」ではなく「自分たちのシャンパーニュにとって最適な造り方がオーガニック」「それが結果オーガニックだった」というものに感じた。話を聞く限り、素晴らしいと声を漏らしたシャンパーニュは、マーケットへオーガニックという言葉で打って出ようという野心ではなく、また饒舌な売り言葉を持たず(説明下手と置き換えてもいいのかもしれないが)、“こういうシャンパーニュにしたい”“こういうメゾンでありたい”“この場所であれば”という思いがあって、最適……というよりも必然的にオーガニックになったというようなことなのか。

SHW_Report_231202『ルネ・ルタ』の『ブラン・ド・ブラン ビオ』と『キュヴェ・リグナム』にはちゃんと艶や色気があった。コート・デ・ブランのプルミエ・クリュ、ヴェルチュ村のRM。ブラン・ド・ブランはリザーブワインを20%。熟した白、黄色の柑橘のアロマから、味わえば美しく慎ましやかなミネラル感へと誘われ、そこからゆっくりと熟成感をともなう味わいがにじみ出てくる。自然そのものを味わうというより、その恵みをしっかりと自分たちの手で育み作品に仕上げたという感覚。シャルドネ100%、3つの畑のアッサンブラージュ、ステンレス、ドザージュ7g/Lというプロフィールに納得。キュヴェ・リグナムは2019年の手摘みされたシャルドネを使い、オーク樽で5~6か月熟成。ノンドゼ。溌溂さの裏側に落ち着きと色気があり、その裏にさらに自然の溌溂さが感じられる。冬の煌めく夜の入口にこのシャンパーニュがあれば人と人の距離が縮まり……というような想像を午後の明るい会場でも夢想できる。

『フレデリック・プージョワーズ』の『クララ “ブラン・ド・ブラン”NV』もシーンが浮かぶシャンパーニュだった。デイタイムのカフェ。空が高い秋の温かいひだまりと少し堅く冷たくなりつつある涼風。軽めのニットのアウターと軽めのフードとともに笑顔のたわいもない会話。そのグラスにあるのは自然派のワインというよりも自然に楽しい会話がすすむシャンパーニュ。そのためのフレデリック・プージョワーズのアプローチがオーガニック。私たちはそう感じればいい。クララは彼の長女の名前。父と一緒に来日し、ブースで熱心に「なぜ私たちはオーガニックでシャンパーニュを造るのか?」、「パタゴニアの創設者らが設立した自然資源を保護する活動を支援する“1パーセントフォープラネット”に参加している」ことなどを伝える。会話をしてみると、その声、表情は不思議にこのシャンパーニュ。明るく溌溂として、でも少し儚さや感傷的な表情もあって、それでもやっぱり明るく溌溂。父は語る。「なぜオーガニックか? この子たちの代、その次の代まで続けたいからですよ」。そしてニヤリと笑い「次のキュヴェは次女の名前をつけるよ」。どのような個性が宿るのか? 期待が高まる。

SHW_Report_231203右が“クララ”とクララ

『イーヴ・ルファン」の『ラ・シーヌNV』はなんとも心温まる、単館ロードショーのフランス映画、田舎町の家族が織りなす切ない涙はあるけれど随所に笑いがあるような映画なんて妄想ができるシャンパーニュ。ラグビーファンなら今回のワールドカップで流れたクボタのCM、小麦農家のエピソードを思い出していただければ…とこれはちょっとマニアックなガイドか。シャルドネ74%、ピノ・ノワール26%、3g/L、樽熟成と書いてあるシートを片手に、この味わいの秘密は?とブースにいた若者に聞こうとすると、話はあらぬ方向に展開していく。この若者は当主の28歳になる息子さん。3代目にあたるという。一度は家を離れようとしたけれど、おじいさんが拓き、自分が子供のころからみていた畑とシャンパーニュ造りを守りたい。祖父はジャック・セロスやエリック・ド・スーザと同じ世代で、シャンパーニュにおけるビオロジックの先進の人ではあったけれど、先進というよりも昔ながらの自然なやり方を目指した結果だったという。「新しいことをやりたいという父とはしょっちゅうぶつかり合っていました。僕はそのどちらもリスペクトしているけれど、どちらかといえば祖父のやり方の方が好き。そう、おじいちゃんの時代に戻したい」。それも父の挑戦があってこその回帰なのだろう。すべては「子供のころ育ったこの畑を守るため」。アカシアの樽、オールドリザーブ、祖父と父のレガシーがあり、尽力と挑戦をリスペクトするからこそのチャレンジ。その結果の選択がオーガニック。今では兄弟3人力を合わせて。数字ではなく物語で味わう。煌めきの奥からじわじわと果実のピュアさが染み出てくるのはオーガニックだからこそであるのだろうけれど、それは彼らにとってマーケット的なことではなく、また狂信的なことではなく“私たちの愛した畑の風景”を守るための必然的で自然なこと。単純な言葉で言えば、実にうまいシャンパーニュだった。

SHW_Report_231204『イーヴ・ルファン」の三きょうだい

すでにオーガニックの世界で名を馳せる大物から、これからのチャンレジャーまで、同じRMでありながらキャリアも個性も大いに異なる19の生産者のシャンパーニュを同時に感じることができる貴重な機会だったが、なによりも話を聞いた生産者にはそれぞれの“オーガニックである理由”があり、いずれもが“自分らしいシャンパーニュ”を造ることが第一であることが伝わってきた。おじいちゃんの風景を守ったり、娘たちの将来にヴィジョンをおいたり、ただただぶどうと土に向き合った作品を造りたかったり、信念の根幹はそれぞれ。もちろん簡単じゃない。冷涼かつエクストリームな気候のシャンパーニュという場所において、オーガニック栽培は困難だろう。かつ、世界中で高い価値をもって迎えられ、大手メゾンの味わいや風格を愛しているファンが多いシャンパーニュにおいて、それを活かしたシャンパーニュ造りというのは本当に受け入れられるものなのか。それでもなお、彼らは何かを信じて自分の道を歩み、それは次第に広がりを見せている。今の世の中やワイン業界のトレンド、マーケティング的に求められているという追い風はあるかもしれないが、話を聞いた造り手の中では、それはあくまでも“外”の話のように感じた。

シュワリスタがシャンパーニュに求めるもの。それは今日を幸せに、明日と過去を美しく、人生を豊かに彩ってくれるもの。香り、味わい、余韻と物語が、いつ、誰と、何をしながら、と組み合わさりどこかへ連れて行ってくれる。まず、それが第一。オーガニックというフレーズは、まだ“だから選ぶ”というものではないし、それは本質ではないけれど、確実にその色どりをもたらせてくれるシャンパーニュがオーガニックの世界にはある。美しさも、味わいも、物語もボトルの中にしっかり詰まったシャンパーニュ。セロスやド・スーザ、ベルトラン・ゴトロ―で存分に味わったあの頃の感動を思い出せば不思議なことではない。私たちこそ、是と否ともにオーガニックというフレーズにとらわれているのかもしれない。考えすぎずに、彼らの作品を味わおう。喜びを分かち合おう。その裏にある造り手の信念の挑戦に敬意を表するのはそのあとでいい。

 

Text: daiji iwase

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