シャンパーニュを楽しむWEBマガジン [シュワリスタ・ラウンジ]

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INTERVIEW

酒とシャンパーニュ、変わらぬ思いと流儀
リシャ―ル・ジョフロワ インタビュー Part1

text by Daiji Iwase


1990年に最高醸造責任者に就任以降、ドン ペリニヨンの価値を創造し、守り続けてきたリシャ―ル・ジョフロワが2018年に退任。その後のプロジェクトに注目が集まっていたが、それがまさか日本・富山での日本酒造りだったことには驚いた。その背景や概要については当サイト「オーヴィレールから富山へ~スター醸造家の新たなる旅」で紹介したが、今回は「WINE-WHAT」誌との合同でのインタビューが実現。新型コロナウィルスの影響で「早く富山に戻りたい」と切望しながらもシャンパーニュの自宅に留まるリシャ―ルさんとリモートでつなぎ今の声を聞いた。リシャ―ル作の日本酒「IWA 5」について、日本酒で表現したいこと、シャンパーニュと変わらぬ哲学、富山との縁、さらにはリシャ―ルさんが考える日本人像まで話は美しく飛躍していった。他のメディアにおいてはこれを「わかりやすい」文脈にまとめるのだろうが、シュワリスタ・ラウンジらしく、その飛躍をライブ感たっぷりにお届けすることにしよう。

■このインタビューのエッセンスをまとめ、特にアッサンブラージュに焦点を当てた記事は「WINE-WHAT」2020年12月発売号にてお読みいただけます。
また、今回のインタビューでは、同誌鈴木文彦副編集長に、哲学的なリシャ―ルさんの言葉を読み取った通訳でサポートいただいた。

 

日本という磁力に導かれて

Sh:「IWA 5」を通じてリシャ―ルさんが伝えたかったこと、表現したかったこととは?

R:私が若いころから追い続けているのは、バランス、完璧さ、そして一貫性。つまり調和、ハーモニーです。それを探求し続けることがワイン造りという仕事の原動力であり、個人的にも人生の目標でした。これが、これまでも私を突き動かしてきたのですが、私の人生という旅のステージで、新しい表現のフィールドに向かう時がきた、と感じるようになりました。新しい章のはじまり、新しい挑戦です。引き続き同じ命題を探求していますが、まったくちがうプロジェクト、文化、文脈、制約の中で…そう、制約が緊張感をもたらし、もっと高みへと導く。それがまさに日本だったのです。探求が日本へと私を導いた。

そして、ご質問に答えるなら、その結果として、他の何者とも違う、どんな酒とも違うものを生み出せたと思っています。単純に違うものを造ることを目指したわけではなく、個人的な、明確な命題を探求し続けた結果として、十分にほかと違う表現ができたと感じています。

Sh:制約というのは、ポジティブな困難、それが発見の喜びにも成長にもつながるということですね。それが日本だった。

R :日本は、まるで磁石のように私を惹きつけました。1991年から日本を知っていますが、何度も訪れ、個人的な絆が生まれました。日本語は話せませんが、日本の感覚を感じる。私は純粋に日本を愛しています。日本は、強力な磁力で、私の探求の旅を次の一歩へと導いてくれたのです。今の私にとっては、ヴィジョンや探求心を満たしてくれる唯一の目標、これが日本にある。論理的な決断ではないかもしれません。66歳になって、私の人生とエネルギーのすべてを日本に注ぐというのは、大きな動きです。決して合理的ではないと思いますが、自分でもそれ以上の説明はできないのです。生きている限り、本能に、直感に導かれたい。

私は、医学を目指すために学んで、そこから、ワインを学び、造りはじめました。そのワイン造りから酒造りに至ったのではなくて、ワイン造りから日本に至ったのです。私にとってIWAは単にボトルに入った酒ではなく、もっと大きなこと。日本そのものなのです。私は日本人ではないし、日本人にはなれない。けれど、私なりに日本を解釈することはできる。それが「IWA 5」です。「IWA 5」が他とは一線を画していると感じていただけるとしたなら、それは私のヴィジョンを体現するシグネチャーともいえる日本酒だからだと思います。つまり、生酛をはじめとする伝統や長年にわたり受け継がれる技術への敬意を払いながら、私なりの解釈、私が求める調和、バランス、完璧、一貫性を探求しています。

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調和は静的ではなく、エネルギーがあってアクティブ

Sh:なるほど。これは個人的な感覚ということになってしまうかもしれませんが、「IWA 5」には不思議にリシャ―ルさんらしさが感じられるんです。「IWA 5」について紹介する他の記事ではテイスティングコメントとして「ハーモニー」という言葉がよく出ていますが、私は、ハーモニーという言葉から連想される、いわゆる静かな調和という感じがしなくて…。ドン ペリニヨン同様、それぞれの要素のテンションがしっかりあって、それが感じたことのない新たな調和を生み出しているように思うんです。

R :おぉ、それを言っていただけるのはとても嬉しいです! 私のいう調和というのは、静的なもの、受動的なものではないのです。東京芸大でレクチャーしたことがありますが、そこで伝えたのは、「調和は、エネルギーがあり、アクティブ。それはテンションがもたらすものです。こっちに引くベクトルとあっちに引くベクトルの間の引き合う力、ダイナミズム。そこから生まれるテンションです。2極だけじゃない。いろいろなものが引き合って、それでテンションが生まれる。これが私の調和の創り方なのです。これが新しいセンセーションを生みだす。

多くの人が、「IWA」プロジェクトを通じて日本で新しいセンセーションを試み、体験することでしょう。日本人はお酒に親しみがあって、それは日本のDNAでもあるけれど、それでも「IWA」は新しいセンセーションを感じさせるものになると思います。評価とか、良いとか悪いとか、言葉を弄する評価なんてどうでもいい。これは性格、個性で、そこで新しいセンセーションを感じたと言ってもらえるなら、これがなによりの褒め言葉。やって良かった、と思える言葉です。日本に、そう言ってもらいたいと思って取り組んだことなのです。

調和に話を戻すと、バランスは魔法のようなもので、バランスがとれているものは、飲みものでも、食でも、芸術でも、重力がないのです。重さがない。バランスには重さがない。でも、ほんのちょっとでも、何かを動かすと、とたんに重力が働く。天秤を思い浮かべてください。バランスがとれている天秤に、1マイクログラムでもなにかを載せたら、その瞬間、ものすごい勢いで、片側がおっこちる。私が思うに、これが酒の真髄。素晴らしい酒は、飲んで軽快で、宙に浮くように、体にはいっていく。これがやりたいのです。私のやりかた、私の解釈でのドリンカビリティです。偉大な酒は、飲みやすい。飲んだ瞬間に甘いとか、重たいとか、それは酒に対して誠実じゃない。宙に浮く、重力のない品質。それはバランスから生まれ、バランスは、アッサンブラージュからしか生まれないのです。

 

アッサンブラージュという魔法と匠

Sh:アッサンブラージュ、まさにシャンパーニュの真髄です。それを日本酒でも実現した。

R:アッサンブラージュは私の人生ですが、だから日本酒をアッサンブラージュしようと思った、という単純な理由ではありません。プロジェクトにおいてはすべてに目的があり、意味が求められます。アッサンブラージュするのは、調和を探求するIWAプロジェクトにおいて重要な意味があるからです。至高のバランスは、ひとつの樽から生まれません。ひとつの性格しかもたない酒はバランスを生まない。グラフの上にたくさんの点を置いて、それらの異なる要素の間に生まれる相互作用が、テンションです。それには、いくつかの酒がいる。探求の末に気づいたのです。アッサンブラージュが、求めるバランスを生むのだと。

Sh:日本酒にアッサンブラージュを持ち込む。日本酒でも確かにアッサンブラージュを用いたものはありますが、やはりそれをちゃんとした作品として世に出すことは簡単ではないかと思います。それを実現した。でも日本酒造りの知識、経験は少ないですよね。

R:それはそうです。シャンパーニュほど日本酒のことは知らない。34年、シャンパーニュを造り続けてきました。私は杜氏でもないし、そうなることもないでしょう。一生掛かるものだと思いますし、酒造りのDNAを持って生まれて、という人が日本にはいる。そうはなれない。そうなりたいとか、できるとかとも言うつもりもありません。

ただ、私は、クリアにアッサンブラージュのヴィジョンをもっています。アッサンブラージュに必要な酒はどういうものか、明確に組み立てることができる。設計図が描ける。酒造りにおけるさまざまなパラメーター、たとえば酒米の違い、酵母の違い、酛が酒になにをもたらすか、これを把握して、酒の設計図を杜氏に伝える。それが私のやることです。もちろん醸造の過程を注意深く確認しています。何が起こっているのか、学び、よく知るために。そして、私の設計図どおりにできているか、確認するために。

そのために、私と杜氏が手を携えて、さらに農家と手を携えて。残念ながら、今、私は日本に(新型コロナウィルスの環境下で)いることができませんが、その間にも日本にいるCEOが、まさに昨日も、(富山県)南砺市や立山町の酒米の農家と会っています。将来的に地元富山産の酒米を増やしていくために。これは鎖のように、手をとりあって、一体化しています。米からボトルの中の酒に至るまで、すべてが、つながった状態で極めるために。これ以上ないほど、統合された状態で行われているのです。そう、1つのヴィジョンのもとにです。私が説明した、バランス、完璧、一貫性のヴィジョンに向けて、一丸となって動いているのです。

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