ペリエ ジュエ新セラーマスター
優美、可憐さの裏側の情熱
2020年10月、先代エルヴェ・デシャンさんからメゾン ペリエ ジュエのセラーマスターを引き継いだセヴリーヌ・フレルソンさん。1811年の創業以来、わずか8人目、そして創業以来はじめての女性セラーマスター。ペリエ ジュエの物語はピエール・ニコラ・ペリエとローズ・アデル・ジュエというお互いの個性を尊重する男女の出会い、だからこそ深まった夫婦の絆によってはじまったものと考えると、セヴリーヌさんの就任は、メゾンの歴史にとっては必然的な新章なのではないかとも思う。
箱根の山腹にあるニコライ・バーグマンのアトリエにて開催。今回のエクスペリエンスに見事なほどに適した場所だった。
そして今回、セヴリーヌさんが提示したのが、「バンケット・オブ・ネイチャー by ペリエ ジュエ」。インヴィテーションには「花々の香りに包まれた、感性を刺激する特別な1日を、グラスに注がれるペリエ ジュエとともに」と書かれており、セヴリーヌさんの言葉としては「シャンパーニュが生まれる自然と自然のサイクルの大切さを感じてもらう場」であるという。
新しい提示で強く印象に残ったのは、「テロワール」、「萌芽」、「開花」をテーマとした3つのペアリング体験。シャンパーニュの構成要素や秘められたメッセージの謎解きゲームのような楽しさもあった。 「テロワール」では「ペリエ ジュエ ブラン・ド・ブラン 2012」とともにエペルネ近くから切り出してきた石灰石と、矢車菊、ジャスミン、スミレの3種類のアロマが用意された。まず、3種のアロマをこの石灰石にドロップ。チョークというシャンパーニュのミネラルとともに香りをとらえることで、ブラン・ド・ブラン 2012がもつ構成要素もとらえることができるという。セヴリーヌさん曰く、矢車菊からは「デリケートさ、精密さ」、ジャスミンからは「フローラル感」、そしてスミレからは「コンビネーション」。それぞれではわからなかったものが、3種類を交互に探っていくと、少しずつその言葉に納得がいく。アロマの要素だけではなくシャンパーニュの大地のミネラルと。アロマ単体よりもチョークにドロップさせたほうが、より明確、明快にテロワールというテーマがあらわになっていく。
多彩な要素はあっても、やはりシャンパーニュがシャンパーニュである理由の一つは、この土壌なのだろう
続いての「萌芽(アウェイキング)」は、3種の花、ホワイトカーネーション、エンジェルウィングス、ホワイトオーキッドの3種と「ペリエ ジュエ ベル エポック 2013」。シャンパーニュで花ならばこちらもアロマか、と思えば、探っていくテーマはテクスチャー。花びらを触り、その手触りでベル エポック 2013のテクスチャーを感じていく。ホワイトカーネーションからはデリケートさ、エンジェルウィングスからはシルク、ヴェルヴェットの手触り、ホワイトオーキッドは柔らかさ。以前、別のメゾンのセラーマスターとのペアリングについてのインタビューで、「味わいやアロマというのは当たり前にあるけれど、私はテクスチャーを大事にしている」という言葉があった。柔らかさ、デリケートさ、シルキー、ゆったりとした果実の噛み応え…。私は音楽とのコラボレーションを常に意識しているが、そこでいうところのグルーブ感、ビート感、これはワインのテクスチャーによってもたらせられるものだと思う。花を触り、シャンパーニュの口、舌、喉で感じるテクスチャーに思いをはせるというのは実に楽しい体験だった。
3つめは、「開花(フラワリング)」。ここでは食用の花2種類、ホワイトパンジーとキンレンカを食し、太陽の力をいっぱいに浴びたという「ペリエ ジュエ ベル エポック 1999」のテイストを探っていく。ホワイトパンジーはデリケートさ、シルク感というベル エポックらしい世界を改めて感じさせてくれ、ミネラル感とフレッシュ感のキンレンカは1999がいまだフレッシュであるという驚きを増幅させてくれる。
楽しい時間だった。シュワリスタ・ラウンジは前任のエルヴェさんには、とてもお世話になった。恩人でもあり、勝手にメンターとも仰いでいた。立ち上げの頃、エルヴェさんにインタビューすることは喜びだったし、都度、優しく包み込むような、でも決して押し付けるわけではない笑顔から紡がれる言葉、表現。ペリエ ジュエ、そしてベル エポックの世界観は私たちの感性とエルヴェさんの表現でつながり、広がっていった。私たちにとってはエルヴェさんこそがメゾンの魅力を体現していたし、その言葉、表現を大いに参考にした。そして、この日。セヴリーヌさんからは、エルヴェさんとは違う、彼からは聞かれなかった新しい言葉、表現、例えば「プレシジョン(精密さ)」のような、私たちがこれまで知っていたペリエ ジュエにはない言葉があった。もしかしたら使われていたのかもしれないが、これらの言葉は、セヴリーヌさんだからこそ印象に残ったのだろうと思う。今回の新しいエクスペリエンスとともに、新しい言葉、表現によって、よりセヴリーヌさんの思いや、狙いは浸透していくのだろう。その新しい体験は、私たちにとっては大きな喜びとなる。
シャンパーニュで生まれ、ランスで醸造学の学位を取得。幼少期から学びの時期での体験から生まれるもの。対極とまでは言わないが、それでも世界観の異なる大手シャンパーニュメゾンにおけるキャリアも、違う言葉、表現の礎となるものだろう。意欲的なプログラムによるエクスペリエンス。挑戦的で野心的にも思えるが、決して反逆でも性急な変化を求めたものではない。言葉、表現こそセヴリーヌさんのものではあるが、やはりこのメゾンの世界は変わらず、美しさ、可憐なエレガンス、丁寧さをひけらかさずに軽やかな味わいにし、心を軽くしてくれ、でもやはりちゃんと緻密であること。それらはきっと変わらない。少しずつセヴリーヌさんの色がワインに反映され、振り返った時に、確かな年表となっていくのだろう。その過渡期に、新しい意欲的なエクスペリエンス、それを受け入れる揺るがないメゾンの歴史を感じられたことは、貴重な体験だった。
この日供されたラインアップ、ベル エポック 2013年はセヴリーヌさんとエルヴェさんの「4本の手による」合作。アッサンブラージュをエルヴェさん、リキュールをセヴリーヌさんが担当。8代目の新しい野心的なエクスペリエンスに、7代目からの期待も継承して。ベル エポック 2014年以降はいよいよセヴリーヌさんの指揮による作品が登場する。
text: daiji iwase