シャンパーニュを楽しむWEBマガジン [シュワリスタ・ラウンジ]

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追憶、そして非日常と日常を行き来するシャンパーニュ~FOODEX JAPAN 2024から

国内最大規模の国際食品・飲料展である『FOODEX JAPAN』が3月5日~8日、東京ビッグサイトにて開催された。コロナ環境下から今回は活況が戻り、イタリア、スペインといったゾーンは規模感を増し、また、これまで目立つブースではなかった国々も魅力的な提案をしていたように感じた。ワインをはじめ酒類全般の仕事にもかかわる私としても、久々に新しい発見が多く、『FOODEX JAPAN』というイベントの価値を改めて感じた。その中でシャンパーニュ関連の出展は多くはなかったが、シュワリスタ・ラウンジが常に心にとめている“シャンパーニュの二面性”がよくわかる2つの出展に注目した。

まず、フランスパビリオンに出展していた『シャンパーニュ エリック・ルグラン』。シャンパーニュ南部コート・デ・バールのセル・シュル・ウルス村。丘の中腹に12ヘクタールを所有する家族経営のワイナリーだ。この地で特別なぶどうといえば、ピノ・ブラン。
一通りテイスティングした中でもピノ・ブラン100%の『Reminiscence』は出色だった。ノン・ドゼ、フレンチオークの古樽で2年熟成というスペックで、深い熟成感の中にもキラキラ感とでもいうべきピュアな明るさが現れてくる。Reminiscenceを和訳すれば、回想、追憶。そこに込めた意味までは聞き取りができなかったが、勝手に解釈すれば、この地の原点的な存在ともいえるピノ・ブランへの愛着をこめたものか、それとも畑で輝くピュアなピノ・ブランの快活さと可憐さを、時を経て熟成したワインの中から思い出すという、なんだか人生の歩みを想起するような味わいからなのか。
ペアリングに選ぶBGMは?にぎやかなFOODEXの会場でも、熟練したカレン・カーペンターが歌う『青春の輝き』(I Need to Be in Love)が脳内に流れる。夢に向かって疑いなく進む若気があって、でも、その先には自信を失ったり、懸命に生きる時間があって、後悔とともに、でも、だからこそ今があるのかもしれない。複雑な熟成の中の生き生きとしたぶどうを感じれば、そんな妄想が浮かぶ。飲むシーンは一人でもいい。何かを一緒に乗り越えた仲間でもいい。静かな時間から明日への一歩へ。

SHW_Report_2403_02余談ついでに言えば、この曲のソングライティングチームには兄、リチャード・カーペンターとともにアルバート・ハモンドがいる。70年代の代表曲は『カリフォルニアの青い空』。あの歌もきらめきと挫折と今とこれからを歌った曲。気候と戦い、畑で困難な状況を乗り越え、熟成に腐心する。一度訪れたセル・シュル・ウルス村の、その日は珍しいと言っていた冬の青い空を思い出す。せつなさとキラキラ感が混在する不思議な風景だった。
さらに余談…いや、これはシュワリスタ的には本筋かもしれない。私がこの村を訪れたのは『ローズ・ド・ジャンヌ』セドリック・ブシャールに会うためだった。シャンパーニュの世界に決定的に引きずり込まれた彼のシャンパーニュ。訪れたタイミングは、ちょうど彼がピノ・ブラン100%のシャンパーニュに挑戦するタイミングだった。まだこの業界に踏み込んで間もないころの私は、ピノ・ブランはシャンパーニュにおいて“その他”のぶどうで、この地の宝物という認識もなかった。もったいなかったと思う。もっと聞きたいこと、感じられたことはあったはずだ。そんな悔しさがまじった“追憶”が、『Reminiscence』から浮かび、そのことを(うかつにもカードの交換をせず、名前を聞かず)担当者に伝えると…「もちろん、セドリックのことは良く知っています。畑もすぐ近くです。彼が初めてピノ・ブラン100%のシャンパーニュに挑戦した時のことはよく覚えていますよ」と笑顔。味わいは静かだったが、自分の追憶と重なったこともあったのか、心揺さぶられるシャンパーニュだった。

シャンパーニュ | 聖地を巡る「小さなこと、幸せなこと」 (shwalista.jp)

真逆のサウンドが脳内に駆け巡ったのが、『HOXXOH』(オックス)。FOODEXの展示の中でもひときわ目を引くラグジュアリー感。ラスベガスの高級カジノや、マイアミのナイトクラブ、イビザ島のクラブなどで展開しているというからそのイメージ通りのしつらえなのだろう。日本でも昨年夏から銀座、六本木、新宿のナイトマーケットに登場したとのことで、すでに目にした方もいるのでは。ラインナップには、24Kゴールド、ルビー、サファイアが埋め込まれたものもあり、流れとすれば、『アルマン・ド・ブリニャック』『エンジェル』といった夜をにぎやかせてきた、ラグジュアリー系シャンパーニュ。ペアリングのサウンドには一気にピットブル、ZEDD、ニッキー・ミナージュにリアーナあたりの登場か。モエ エ シャンドン、ドン ペリニヨンのラインナップの中でも限定的に採用された光るボトルというギミックもまた華やかさを増す。『GOLD』と名付けられたアイテムには食用の24K金箔6枚が添えられ、それをグラスに入れる趣向だという。

SHW_Report_2403_03“この手の”と書くと語弊があるかもしれないが、クラブ的ラグジュアリー・シャンパーニュは、よき意味で“酔える”ことが大事だし、“非日常”の演出も大切。味わいを紐解くよりも、装飾も大切な要素。でも、ここにあげたクラブ、パーティ御用達のアーティストたちは中身、実力あってこそ輝き、人々を酔わせることができる。装飾や雰囲気、価格の裏付けとなるシャンパーニュそのものが大切になることは言うまでもない。この日、『HOXXOH』のオーナー、グレグワール・ポピノ氏に話を聞くと、氏のシャンパーニュそのものにかける思いが意外にも熱いことがわかった。ナイトマーケットに打って出たビジネスマンというよりも、シャンパーニュオタクでロマン派なのではないかと感じたのだ。シャンパーニュのぶどう畑で育ち、コート・デ・ブランに本拠地を置き、自社畑と親族の畑で、昔ながらの自然な手法を取り入れた栽培と醸造を行う。農産物としてのシャンパーニュを大切にしながら、一方でシャンパーニュだからこそ花開かせることができる世界へと自らも躍り出る。シャルル・エドシックという存在を、社交界を通じて世界に広げた“シャンパン・チャーリー”の物語を思い出す。
「なぜHOXXOHという名前にしたのか?ほら、ボトルを見てください。左から見ても右から見てもHOXXOHって読めるでしょう? そしてこうやっても(ボトルを注ぐかたちにして)上から見ても下から見てもHOXXOHって見えるんです」といたずらっぽく笑う氏。ビジネス的な計算はもちろんあるのだろうが、どことなく憎めない風情。テイスティングすれば、意に反して夜よりも休日の昼に親しい人、久々に会った恋人や家族との時間が似合うような鮮やかなフローラルに、熟した白い柑橘が、気持ちを爽やかに穏やかにしてくれる。煌びやかなクラブのライトや喧騒のサウンドの中で煽るシーンも似合うのだろうが、むしろ最新のクラブシーンよりも『サタデーナイトフィーヴァー』の世界。ビージーズの『愛は煌めきの中に』(How Deep Is Your Love)が聞こえる。踊り明かした夏の霧雨の朝。少し涼やかな空気の中で、まとっていた鎧も化粧も落として、自分たちに還る時間。日常から非日常へ、よりも、非日常から日常へと戻るとき。インスタレーションの外見も見事だけれど、それを脱ぎ捨てたときも面白い。

SHW_Report_2403_04『HOXXOH』のオーナー、グレグワール・ポピノ氏

テロワールとナイトシーン。マダム・ポンパドール、ベルサイユ宮殿の時代から変わらぬストイックなシャンパーニュ地方と煌びやかな都会のパーティナイトの二面性。出展ブースやボトルを見れば異世界の両者だが、ともにシャンパーニュならでは。

シャンパーニュとは離れるが、今回のFOODEXでは、物語や原点回帰に進取を取り入れたおもしろいアイテムに出会えた。例えばスペイン、アリカンテの泡。この地のスペシャリティであるモナストレルを使った原点回帰的ながら、低アルコール(10%程度)でスタイリッシュなボトルという進取への挑戦。味わいも泡もおだやかで、飾らない海辺のリゾートのブランチから夕景へと楽しめるワインだった。ウクライナのミード(はちみつ酒)、テロワールを活かしながらも意外なアプローチや味わいという発見だらけだったフランスパビリオンの出展社から選抜したワインのショーケース的なテイスティングブースも印象深かった。
そして、南オーストラリアのスパークリングワイン『Soul Deva』。女性たちが代々育んできたワインだという。育児と仕事、恋愛と我慢、働くことで得られる輝きと犠牲にしてきたこと。でもやっぱり女性として生きていくことの喜び。以前紹介した、カロル・デュヴァル=ルロワの物語にも通じる物語。

繋ぎ、守り、進むリヴィング・レジェンド ~カロル・デュヴァル=ルロワの物語 (shwalista.jp)

そのうえで味わうと…疲れた心と体にも、元気な週末にもいいし、パーティもオッケーだ。合わせる音楽は、80年代のヒット曲、シャーリーンの『愛はかげろうのように』(I’ve Never Been to Me)。失った時間もあっただろうし、チャンスを逃がさなければいけない時もあっただろう。でも、今、彼女たちには、娘がいて、孫娘がいて、母がいて、祖母がいる。そして生み出したワインがある。そのどれもが今、彼女たちの手の中にある幸せ。しみじみと振り返りながら、でも今日は弾けよう。ワインの泡と香り、味わいから、もう1曲聞こえてきたのはレイチェル・プラッテンの『ファイト・ソング』と『ベター・プレイス』だった。

SHW_Report_2403_05スペイン・アリカンテのスパークリングワイン。グラスの中はガルナッチャの泡

SHW_Report_2403_06フランスパビリオンのテイスティングコーナーで印象に残ったひとつ、ラングドックの『フォンカリュー・ヴィンヤーズ』。特に面白かった発見はアルバリーニョ

SHW_Report_2403_07南オーストラリアで代々女性が継承してきた『ソウルディーヴァ』

 

Text: daiji iwase

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