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RUNNING STORY AT CHAMPAGNE 聖地を巡る
華やかさの理由と真髄を探るべく、シュワリスタ、シャンパーニュ地方へ
岩瀬大二(d's arena)
バブル入社組。酒と女と旅を愛する編集プロダクション代表。世界最高峰の世界遺産はイタリア女だ! とローマのの真ん中で叫んだ経験あり。企業SP、WEBサイト、携帯メディアなどでエディター、プランナー、ライターとして活動中。
photo: NORICO
Vol.4
ランス ボリーズ ナイト
08.9.10 up

月曜日の21時だというのに、その無国籍風のカフェレストランは意外なほどにぎわっていた。店に入ると、レッド・ホット・チリ・ペッパーズの『パラレル・ユニヴァース』が響く。99年に発表されたアルバム『カリフォルニケーション』に収録された、彼らの立志伝中時代のロックナンバーで、個人的にも彼ら史上の中で好きな一曲だ。ランスで聞くUSオルタナティヴロック。しかし違和感を覚えることもなく、深々と広がるレストランの奥に足を進める。中華風スパイスの香り、イタリアンを思わせるグリルの香り、そしてテーブルからはシャンパーニュと赤ワインの香り。それらが一歩進むごとに空腹を増幅させる。

客の雰囲気は多彩。思い思いに楽しんでいる様子、熱気というよりも心地よい上気。脳裏で響くのはビリー・ジョエル。『ザ・ストレンジャー』からのライヴでの定番曲『シーン・フロム・アン・イタリアンレストラン』。店に響くレッチリに脳の中では勝利する。そのとき店の奥でこちらに気づき、笑顔で軽く手を挙げる男が視界に入った。シュワリスタ・ラウンジでも何度か登場している、ヴィアネイ・ファーブル、ボランジェ社のアジア・パシフィック・エリアマネジャーだ。

ランスの無国籍的フレンチにてヴィアネイ・ファーブル氏を囲む、筆者、そしてシュワリスタメンバーたち。80's、90'sのチャート系音楽が心地よく響く空間で、ボランジェ スペシャル・キュヴェも進む。この時点で2本目が空いている。

彼はここランスに住み、車で30分かけてアイ村にあるボランジェ社に通っている。素朴で、5、6軒ほどのレストラン、しかも日曜日にほとんどの店が休むというアイ村と比べて、ランスは大都会だ。そして、よく磨かれたモダンな革靴、シャープで軽快なピンストライプのスーツを着こなす彼の姿もやはり都会的だ。

その彼の行きつけの店で食事をし、その模様を取材したい、というおかしな願いを彼は快諾してくれた。僕らの狙いは、シャンパーニュで働く人たちの普段のスタイルを知ること。例えばSHレポートでメゾン関係者とお話しする場合、その内容はやはり、製法であったり、ワイン造りへの想いやこだわりであったり、メゾンが歩んできた歴史となる。それはとても重要なシャンパーニュの崇高な精神性を感じる作業。しかしシャンパーニュにはもうひとつの側面がある。それは、私たちの快楽に幸せをもたらしてくれる存在であること。

そう、シャンパーニュにかかわる彼らはシャンパーニュとともにどんな幸せを感じているのだろう。それを知りたかった。僕たちは東京の夜をシャンパーニュという魔法で幸せにする。その幸せを造る彼らの日常の幸せ。

「さあ、何を食べますか? あ、その前に何を飲まれますか?」

というヴィアネイに僕らは声を揃えた。

「スペシャル・キュヴェ!」

半年前、僕はヴィアネイと東京で会っていた。初来日、テイスティングセミナーでも少し肩に力が入っているように思えた。セミナー後の独占インタビューでも、まだ様子をうかがっている、自分の言いたいことがまだこなれていなさそうな雰囲気もあった。それでも堂々とボランジェを語る彼のがんばりには、つい応援したくなってしまうものがあった。その夜、立ち飲みでシャンパーニュを3時間。話題は、ほとんどシャンパーニュではあったが、時折交るまったく関係のない話題、たとえば新幹線とTGVの比較など、以外な話題で目を輝かせているのが印象的だった。あの日、どうやらヴィアネイは、経験のない時間、異国でのはじめてあう連中との会話、それらを含めて、東京のシャンパーニュを存分に楽しんでいたようだった。

上: アイ村に堂々と、しかし凛として佇むボランジェ・メゾン。階段下に見える門をあけるとそこはボランジェの歴史が詰まった地下カーヴへ。この地下カーヴは迷路のようにアイ村の地下に張り巡らされている。
下: ヴィアネイ・ファーブル氏。ワイン・ビジネスのサラブレッドでありながら、それを見せないところが、軽やか。

スペシャル・キュヴェは3本目があき、食事はデザートへ。考えてみればこの3時間前、僕らはアイ村のボランジェ社を訪ね、畑、カーヴの見学を通じて、ボランジェの世界観に触れていた。そして長い長いカーヴを抜けた先、ゲストルームでスペシャル・キュヴェ、プレスティージュであるラ・グランダネ99、ラ・グランダネ・ロゼ99、そしてRD96と大盤振る舞いすぎるテイスティングをしていた。テイスティングというと高尚だが、ヴィアネイの情熱的な話にのめりこむうちに、ボトルはすべてすっかりあいてしまった。いずれも素晴らしい。その上で思う。定番であるスペシャル・キュヴェこそ、ボランジェの哲学を体現する存在であるとともに、いつまでも飽きの来ない愛すべき存在であることを。ヴィアネイが僕らにスペシャル・キュヴェを勧めるのは単に営業的なことではない。なぜなら、僕らの中で彼が一番いいペースでスペシャル・キュヴェをあけ続けているのだから。彼の日常の幸せな時間のそばには、スペシャル・キュヴェがあった。

カーヴ見学のあと、ゲストハウスにてスペシャルテイスティング。ボランジェの素晴らしいラインアップ。

話題は尽きない。

「もう1軒行こう」。

ヴィアネイは自分の行きつけのバーに誘ってくれた。断る理由はない。3分ほど歩いて、とある海外からのビジネスマンの宿泊が多いというホテルの1階にあるバー・ラウンジへ。迎え入れてくれたBGMはマドンナのライヴ。『ドレス・ユー・アップ』だったか、『ホリデイ』だったか…さすがに記憶もあやふやだ。そういえばヴィアネイは、80年代90年代のポップ・ロックが好きだという。そうか、この2軒を行きつけにしている理由がわかった。スペシャル・キュヴェをグッドコンディションで出し、インターナショナルな雰囲気があり、そして好きな音楽の中に身を置くこと。

もちろんここでもスペシャル・キュヴェをいただく。話題は日本での、ヴィアネイズ・フェイヴァリットミュージシャンについて。東京ドームや千葉マリンスタジアムというところで大掛かりなコンサートがある、レッチリもマドンナもU2も、日本で大きなステージを踏んで、みんな熱狂している、そんな話を目を輝かせて聞く。「京都も素晴らしいけれど、東京のレイテストな場所も好きなんだ」という彼。親父さんはボルドーの「あの」名門シャトーのディレクターであるという毛並みを持つ彼だが、今、僕たちのすぐそばにいるのは、ランスの気のいい好青年。

この日2軒目は、ホテルのラウンジで。フレンチ・デザインのポップセンスが光る店内デザインやディスプレイ。ランスを拠点とするシャンパンメゾンの銘柄がズラリ。プライスは地元だけあって店の雰囲気を考えればリーズナブル。

このとき、僕らは決意した。 ボランジェ スペシャル・キュヴェと過ごしたランスの夜。この素晴らしい幸せをトーキョーで再現しよう。どんなケミストリーが生まれるのか? 逆にどんな共通点がみつかるのか。

「6月にまた日本に行くんだよ」

ヴィアネイの一言に、僕は思わず右の口角をあげ、ニヤリ、という表情になった。そのあからさまな喜びを隠すために、スペシャル・キュヴェを一口含んだ。4ヵ月後の6月17日水曜日、シュワリスタ・ラウンジが立ち上がって1年半、初めて実現したメゾンとのコラボレーションイヴェント『トーキョー・ボリーズ・ナイト』。ここで僕らの決意は結実した。インポーターの多大なるご協力、まだ微力な僕らを仲間として助けてくれた2つのバー、そしてボランジェ社の進取の姿勢に感謝しながら、僕はこの夜、司会を務めさせていただいた。そこで連ねた言葉の裏、そこにはこのランスの夜があった。シャンパーニュで働く人々のシャンパーニュの楽しみ方を垣間見たからこそ生まれたイヴェントだった。 ヴィアネイ行きつけのラウンジでも2本目のスペシャル・キュヴェがあいた。スペシャル・キュヴェで泳ぎ続けた夜も、時計は深夜1時を回った。ヴィアネイはしっかりとした足どりながら、肩の力が抜けたリラックスした後姿を見せて、ランスの石畳にきれいに磨かれた靴の音をカツカツと響かせながら自宅へと向かっていった。きっと朝早く起きて、アイ村に向かうのだろう。そのときスーツの皺は、きっとない。

僕らは一足先にアイ村に戻った。そして翌日、アイ村でまた愉快な時間を過ごすことになる。著名、人気のNMとRMがひしめくアイ村にあって、日本ではほぼ無名ながら、やさしく強い光を放つメゾンとの出会い。そこでの幸せな時間。その名を、アンリ・グートルヴという。

0時を回っても、スペシャル・キュヴェのマジックは続く…いや加速する。英語、フランス語、日本語がまざりところどころ意味不明な会話もあるけれど、それもまた心地よいBGM。

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