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僕らのベースキャンプはアイ村におかれていた。ランスには国際級ホテルがいくつもある。エペルネには上品で優美なホテルがある。でも、アイ村には、そんなホテルなどない。村の中心部をはじからはじまで歩いても、都内の中学の狭い校庭を歩くほどしかないおとぎ話のような村には無用なのだろう。シャンパーニュの中でもピノ・ノワールの聖地として世界的に知られ、代表的なメゾンがひしめく。そんなイメージからは想像もつかないような田舎の風景だ。 アイ村の中で一番高い建物は中心部にある教会。厳かというよりは優しげな音色に聞こえる鐘の音。中世そのままの趣を残している。 8日間、僕が身を預けたのはアイ村の中心部から丘を少し上がった石畳の小路にあるプチホテルだった。隣にはドゥーツがこじんまりと門を開け、もう少し丘を上がればボランジェがある、そんなロケーション。昔の洋館を改造したのだろう、部屋毎にインテリアが全く違う。女性的な温かさと優しさが部屋の隅々まで行き届いている。部屋はもちろん、スタッフの女性たちのもてなしも自然。まるで「我が家に招かれた」ような心地良さ。 プチホテルの小さなエントランスを出て、石畳の小道を左へ。右手に教会の先端を見 ながらドゥーツを過ぎてすぐにアンリ・グートルブの看板が見える。華美な装飾のないシンプルなたたずまい。 滞在もあと2日。この日のアポイントメントは午後遅めからランスで。久々にゆったりできる朝を、すっかり定位置となったロビー入口脇のソファで過ごす。時間との戦いだったメールの処理ではなく、mixiでのたわいもない友人とのやりとり。石畳に消されるほどの弱い雨が、何もない時間を「それでいいんだよ」と囁いてくれる。そこにこのホテルのオーナーであるマダムがやってきた。いつもは心配のまなざしを向けてくるマダムが今日はなんとも明るい表情で声をかけてきた。 上: 筆者、アイ村で日曜日に空いている数少ないレストランにて。「ツンデレ」風(笑)おばあさまが切り盛り。アルザスにも似た素朴なアイ村料理が心にしみる。手前の豚のテリーヌの件が村中に知れ渡り… マダムの好意に甘えてメンバーたちと小雨の中、石畳を歩く。質実剛健といったところだろうか、しゃれた洋館ではなく日本の清酒工場のような雰囲気の佇まい。おばさまと若い女性2人が事務机にかじりついてなにやら発送の準備や経理処理をしている。声をかけるとマダムからの話は聞いていたらしく、カーヴへと案内してくれる。大手メゾンのカーヴを見慣れたこの滞在の中ではかなり規模の小さいカーヴではあるが、その分、大切に大切に育てられているような温かさを感じるから不思議なものだ。 アンリ・グートルブの地下セラー。実用を重んじたシンプルなつくり、という印象。 そこにレネさんと少し遅れて二コールがやってくる。屈託のない笑顔でストレンジャーを迎え入れてくれる。グートルブの歴史をガイドするビデオを見ながら、楽しそうに解説…いやおしゃべりに花が咲く。こんな時間に、飾り気のないキュヴェ・トラディションの風味は最適だ。レネさんのおしゃべりは次第に僕らへの質問に変わる。「シャンパーニュはどうだ? 日本ではなにが人気? アイ村はどうだ? なにかおいしいものは食べたか?」 この日テイスティングしたアンリ・グートルブのラインナップ。いずれも農産物であることを心の底から感じさせてくれる芯のしっかりしたテイスト。手前のグートルブ家手作りおつまみは日本では味わえない滋味。一番手前が豚の血のソーセージ。 軽くウィンクをすると、レネさんは、82年、貴重なオールドヴィンテージに手をつけた。僕らは、そんな貴重なものを! と身を乗り出して遠慮を申し出ようとするが、その前にもうレネさんはコルクを抜いていた。 レネさん、二コールさんとメンバーたち。がんこなこだわりを笑顔でやわらかく語りかけるレネさん。メンバーも自然に笑顔になる。 |